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2024年5月31日、ミカン下北 砂箱にて1日限りのスペシャルイベント「没入する文学体験」が開催されました。
「おかえりがある、ひとり暮らし。」をコンセプトとしたシェア型賃貸住宅を運営してきたリビタ。さまざまな価値観を持つ入居者の方々と出会うなかで、“住まい手の個性やスキルを活かし、物件を飛び出して共におもしろいことをしてみたい”と常々感じてきました。
その思いを形にしようと始まったのが、本企画です。
第1弾である今回、ご一緒したのは、児童文学作家・長谷川まりるさん。
クリエイティブチームとタッグを組み、普段は読み物として触れる児童文学を、視覚と聴覚から体験できる没入型のイベントを実施しました。
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この記事では、長谷川まりるさんとイベント運営のコアメンバーをお呼びして、企画の背景や怒涛の制作期間、当日の様子について、振り返りながら語っていただきます。
<参加者プロフィール>左から
坂本胡桃さん
リビタ社員。普段はシェアプレイスの運営に携わっており、長谷川まりるさんが入居する物件の担当者でもある。
長谷川まりるさん
児童文学作家。今回のイベントの題材になった『杉森くんを殺すには』、『砂漠の旅ガラス』の原作者。シェアプレイスに入居中。
ゲンタ・クラークさん
81scks inc. 代表。前職の株式会社コネル所属時に、本企画に関わる。今回のイベントでは、企画・プロデュースを担当。
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魅力的な住まい手とともに、面白いコトを起こしたい
ーーまずは、この企画が生まれた背景について教えてください。
坂本胡桃(以下、坂本):ここ一年ほどリビタ社内では、15年以上運営を続けてきた、シェア型賃貸住宅の運営コンセプトを再定義するためのプロジェクトに取り組んできました。シェアプレイスの新たな価値やコミュニティの在り方、そして今後の取り組みについてゲンタさんたちとアイデア出しをするなかで、せっかく魅力的な入居者さんが住んでいるんだから、何か一緒にやってみたいよねと。そこで、ぜひご一緒したいなと思って最初にお声掛けしたのが、まりるさんでした。
ーーシェアプレイスにはさまざまな職業の入居者がいると思いますが、まりるさんにお声掛けすることになった理由は何ですか?
坂本:ゲンタさんたちを巻き込む取り組みだからこそ、クリエイティブの側面からもっと何かできることがあるのではないかと考えていました。その点、まりるさんのお仕事である児童文学は相性が良さそうだなと。個人的には、児童文学の世界はまだまだ知らないことも多かったので、もっと深めてみたいなという気持ちもありました。
ゲンタ・クラーク(以下、ゲンタ):児童文学はクリエイティブを掛け合わせられる余白が、とても多い分野だなと思っていました。もちろん作品自体が面白いんだけど、外部のプレーヤーが入ることで、より面白くて新しいコンテンツになる可能性がある。だから僕としても、いくつか考えた企画のなかでも一押しの案でしたね。
ーー企画について聞いたときの、まりるさんの率直な気持ちを教えてください。
長谷川まりる(以下、まりる):ほかの入居者さんでも、映画制作や漫画をやっている方がリビタと仕事をしたという話を聞いたことがあって、「まりるさんもいつかリビタとコラボしたらいいのに」と言われていたんです。だから、このお話をいただいたときは「本当に来るんだ!」という感じでしたね(笑)。なかなかない機会なので、前向きな気持ちでお受けしました。
もはや全員が作者?プレーヤーたちの熱が集結した制作期間
ーー今回は“没入する文学体験”というテーマのもと、映像や効果音、朗読を組み合わせて視覚と聴覚から児童文学の世界を体験できる新感覚のイベントになっていましたが、どのようにつくりあげていったのでしょうか?
ゲンタ:じつは最初、僕の中では「ボーッと没入できる」というのをコンセプトにしていて、どんな人でも最終的にはなんとなく作品の世界観に飛び込めたと感じられるような、プロジェクションマッピングと朗読のシンプルなイベントを考えていました。でも、まりるさんの作品がとてもいいから、それに刺激を受けたプレーヤーたちの間でやりたいことがどんどん出てきてしまって、すごく大変だったんです……。
まりる:ありがとうございます(笑)。
ゲンタ:今回、演出を担当してくれた岩男海史くんが、「この短時間でコンテンツとして見せるにはこういう演出をしたい」とか、最初はひとりの俳優さんが朗読する予定だったのに、「これだと伝わらないから3人でやっていいですか」とか(笑)。役づくりや稽古までしてくれて、気づいたらほぼ演劇になっていましたね。
左から岩男海史さん(演出・朗読)、仁木祥太郎さん(朗読)、長谷川まりるさん、畦田 ひとみさん(朗読)
坂本:たしかに、いわゆる朗読のステージとは全然違いましたよね。
まりる:本の場合は、ほとんど完成した状態で、発売の1か月前くらいに「本が出ます」と世間に公表するんですが、今回は企画を先に公表してから、どんどん細かい内容が決まっていったので、ジャンルが違うとこんなにやり方が違うんだ!と、面白かったです(笑)。
ゲンタ:いや、本当は僕らももっと段取りを踏みながらやるんですが、今回は本当に3日に1回くらい新しくやりたいことが出てきちゃって……。企画段階から感じていましたが、やっぱりまりるさんの作品には、みんなが腕まくりをしたくなるような魅力があったんですよね。もっとこうしたらより面白く見せられるんじゃないかって。
ーーものすごく熱量の高い現場だったんですね。
ゲンタ:そうなんです。本当に全員が「あなた、作者でしたっけ?」っていうくらい、この作品に対する当事者意識が強かったなと思います。
坂本:前日のリハーサルから本番までの間に、プロジェクションマッピング用のイラストがさらに増えていてびっくりしました(笑)。本当に、直前までブラッシュアップしていただいていて。
ゲンタ:僕の印象なんですが、ずっとまりるさんの作品と対峙しながらつくってきて、リハーサルでまりるさんご本人が会場に来てくれた瞬間に、すべてが完成したというか。僕らの垣根も溶けて、ひとつの世界ができあがった感覚があったんですよね。
まりる:詩人ですね(笑)。皆さんが本当に熱心で、正直なところ「なんで私の作品に対してここまでやってくださるんだろう」という感覚だったんです。でも、実際に見させてもらってそのクオリティに感動しましたし、本当にありがたい気持ちになりました。
当日は満員御礼。会場全体で生まれた一体感
ーー迎えた本番当日、会場はどんな様子でしたか?
坂本:当日は、常に40~50人くらいの方がいて、入り口まで人がいっぱいでしたね。小さな空間で、皆さんが黙ってひとつのことに集中しているその時間や雰囲気が、個人的にはすごく良かったです。ほかのシェアプレイスの入居者さんたちも観に来てくださっていたのも、リビタとしてはとても嬉しかったですね。
ゲンタ:僕としては、こんなに人が入る想定をしていなかったので、3面投影の映像が見えない人が出たらどうしようって、それだけが心配でした(笑)。でもいざ始まると、リハーサルのときよりも役者さんたちの気持ちが入っていて、マイクがいらないくらい声を張ってくれていたので、その声だけでもかなり没入できたんですよね。それに応えるように、会場全体も「次に何が起こるんだろう」と、次の手を掴みに行くような空気感があった気がして、すごく嬉しかったです。
下北沢で活躍する俳優の仁木祥太郎さん、畦田ひとみさんによる朗読
まりる:私は当日、姉と中学2年生の姪っ子を呼んだんです。姪っ子は『杉森くんを殺すには』は読んでくれたけれど、普段は本を読まない子。さらに、思ったことを結構ズバズバ言うタイプなんですが、終わったあと「すごく面白かった」「来てよかった」って言ってくれて。
ゲンタ:えー! それは嬉しい。
まりる:お世辞も言わない子なので、本当にそう思ってくれたんだなって。私も嬉しかったです。
坂本:会場のお客さんも、「これを無料で見れるのすごいですね」って言ってくださる方がいました。コンテンツとしての価値が、きちんと伝わったんだなって。
上映後のサイン会。イベントをきっかけに、まりるさんの書籍を購入いただいた方も
ゲンタ:そういえば、出演してくれた俳優さんの事務所の方々も観に来てくれて。今回みたいな朗読イベントに参加するのはチャレンジングだったけれど、やってみてすごく良かったって言ってくれたんですよね。ドラマや演劇以外に表現できる場が限られているから、今回のイベントを通して俳優さんたちの新しい側面を見れたことに感動してくださって。そういう意味でも、すごく意義のあるイベントだったのかなと思います。
新たに見えた可能性。お互いにとってプラスになるコラボレーションを
ーー今回、リビタとしても新しい試みだったと思いますが、物件を飛び出して住まい手とともに面白いことをするために、意識していたことはありますか?
坂本:まずは、まりるさんに喜んでもらえるかどうかを意識していました。もちろん、こうした取り組みを通して、リビタともっと関わってみたい、こういうことしたいからサポートしてほしい、と入居者の皆さんに思ってもらえたらという気持ちもありますが、それだけではないなと。片方に負担がかかる方法ではなく、お互いにとってプラスになるようなコラボレーションにしたいという思いは常にありましたね。
“没入”を生み出すため、作品の世界観を形にした限定オリジナルグッズやオリジナルカクテルも制作。
まりる:グッズをつくっていただけたのが、すごく嬉しかったです。私も欲しかったので。
ゲンタ:こういう作品の二次利用で作者の方が傷つくというのは絶対にあってはならないですし、僕自身、作家さんとお仕事するのは初めてで不安もあったんですが、まりるさんがいつも前向きに受け止めてくださったので、すごくありがたかったですね。
坂本:作品の版元である出版社の方とのやりとりも、想像以上にスムーズで。まりるさんが調整してくださったおかげだなと。
ーーでは、イベント全体を振り返ってみての今の思いを、おひとりずつ聞かせてください。
まりる:児童文学の世界にいて、こういう企画に誘っていただける機会ってまずないんですよね。だから、今回リビタからのお声掛けで、こんなふうに非日常を経験できてすごく嬉しいですし、イベントをきっかけにいろいろな方から声を掛けてもらえたので、参加できて本当によかったなと思っています。
ゲンタ:僕としては、今回のイベントをきっかけに、まりるさんの作品や児童文学の世界に出会えたことが、本当に大きな財産だなと感じています。表現の仕方や、関わる人たちのジャンルにもまだまだ可能性を感じましたし、もっともっと面白いことができそうだなとワクワクしていますね。
坂本:多様な職業の人が暮らすシェアプレイスだからこそ、今回のようにそれぞれが持つ得意分野やつながりを掛け合わせて、面白い取り組みをつくっていくことが定番化していったらいいなと。そのためのコト起こしには、リビタとしても積極的に関わっていきますし、まだまだ知らない、ほかの入居者の皆さんの面白さや魅力をどんどん発掘していきたいなと思っています。
文:むらやまあき/撮影:平瀬夏彦
取材・撮影:2024年7月